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2009GWこぼれ話 その2 [活動こぼれ話]

またまた機関庫扉のお話を中断して、ゴールデンウイークの蒸機列車運行中のこぼれ話第2弾をお送りします。

大人気の5号機
まきば線の5号機といえば、加藤製作所製の4トンディーゼル機関車です。その昔、ゆめ牧場の近くを流れる利根川の河川工事軌道で活躍し、その後、縁あってまきば線にやってきました。
エアーが溜まるまで動けない102号機や103号機の5トン酒井とは違い、エンジンが掛かればすぐ動けるこの5号機は、すぐに動けるお手軽機関車として羅須地人たちにも人気です。しかし、逆に制動用のエアータンクを持っていないことから、営業運転には出動できません。蒸機列車運行日などは、入換えなどで動くものの、営業運行時間中はほとんど機関庫の前でたたずんでいます。

そして、このゴールデンウイーク中のある日、いつものようにお客様に機関庫を見学開放していたときのこと、あるご家族連れがしげしげと5号機を眺めていました。
ちょうど非番の機関士がその家族連れの応対を始めました。女の子二人のお子さんはちょうど小学生くらい。「せっかくだからちょっと乗っていくかい?」と声をかけたところ、姉妹の目が輝き大きく頷いたのでした。
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姉妹をキャブに乗せ、体験走行する5号機

機関庫前から本線に合流する手前までのホンの数十メートルですが、女の子たちは大興奮です。最近は“鉄子”と呼ばれる鉄道ファンの女の子たちも増えているとのことですが、もしかしたら“軽便鉄子”さん誕生の瞬間だったかもしれません。
ちなみにこのあと、お父さんも体験乗車されましたが、実はこのお父さんが大の鉄道ファンだそうで、ナローの内燃機関車が大好きとのこと。お子さん以上に大喜びされていました。

なお、この体験乗車ですが、基本的には普段はやっておりません。運転資格を持つメンバーが手すきのときで、なおかつ気が向いて、しかもそのときの運転指令のOKがあれば、もしかしたら乗せてくれるかもしれません。もし乗せてくれなくてもそのときはあしからずご了承くださいね。


んで、また別の日。
5号機の前でなにやら写真撮影をする方が…。
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5号機を撮影?

5号機は稼動する数少ない“加藤”の内燃機関車ということで、ちょくちょく写真撮影される方がいらっしゃいますが、このとき撮影されていた方々は、カメラを構える距離がちょっと近すぎる気がします。
ちょっと近寄ってみてみますと…。
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カメラのレンズの先にあったのは…

お二人の構えるカメラの先を見てみると、小さな灰色の物体。このお二人にお話を伺ってみると、撮影されていたのは、“加藤4トンディーゼル機関車”、なのですが、“87分の1の模型”を一生懸命撮影されていたのでした。
5号機は、その“台”。
まぁ、でも皆さんがこの5号機で楽しんでいただけるのは、わたしたちとしても大変うれしいことです。それがどのような楽しみ方であったにせよ。

ということで、まきば線ではどうしても蒸機列車に注目が集まってしまうようですが、5号機もがんばっています。まきば線にお越しの際はぜひ5号機にも会いに来てやって下さいね。

2009GWこぼれ話 その1 [活動こぼれ話]

機関庫扉の話はちょっとお休みして、今回はゴールデンウイークの蒸機列車運行中のこぼれ話などをお送りします。

“保線大臣”健在!
羅須地人の“保線大臣”こと豊N氏。線路に懸ける情熱はだれにも負けません。保線作業が大好きで、公私問わず日々保線作業のことを考えています。まきば線が日々安全運行できるのも、彼の線路への情熱があればこそです。
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羅須の“保線大臣”「線路ならオレに任せろ!」

しかし、ゴールデンウイークの蒸機列車運行中、保線大臣はちょっと不満げです。
というのも、この期間中は列車運行間隔が山手線並み、しかも列車の運行が最優先なので、列車を止めるような保線作業はもってのほかで、なかなか線路に手が出せません。

が、しかしそこはさすが保線大臣。隙あらば保線の機会を窺っています。
この日も朝食の後、蒸機列車運行開始までの約1時間に保線作業の号令を出します。蒸気機関車の運行準備に当たっているメンバー以外が集合し、早速、枕木交換が始まります。
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スパイキハンマーの指導を受けるのはりんてつ倶楽部のT氏

保線現場に立つ保線大臣は、まるで水を得た魚のようにてきぱき指示を出していきます。しかもまきば線が素人の運営する保存鉄道だからといって、保線を手加減するようなことは一切ありません。普段触っているサブロクゲージ50K・60Kレールとは異なり、ナローゲージ12K・15Kレールなので少々感覚が狂うところもあるようですが、それでも保線大臣の取り組む姿勢は営業鉄道用の線路とまったく変わることはありません。作業に当たる羅須地人たちにも本職並みの指導が入ります。
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事務局長のタンパーもしっかりチェック!

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久しぶりに参加のケムさんには直接指導

結局、朝食後に始まった保線作業は、途中運行前ミーティングをはさんだものの、運行開始30分前にはしっかり終了。まきば線の軌道のクオリティーと羅須地人たちの保線技術がまた少し向上し、一つの現場をやり遂げた保線大臣の表情からは笑みがこぼれたのでした。
タグ:保線作業

野筵坊絶賛営業中! [活動こぼれ話]

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“野筵坊”に集う羅須地人

まきば線の機関庫近くに立つあずまや改造のダイニングキッチン“罐猫軒”。そこでは“野筵坊(やえんぼう)”と呼ばれる小料理屋さんが不定期に営業を行うことがあります。料理好きのメンバーが厨房に立ち、羅須地人たちの夜の宴会を美味しい肴で盛り上げてくれます。
9月27日の夜も、営業運転に、保線に、機関庫建設にと大活躍したメンバーを癒し、翌日の活動への活力を甦らすべく、野筵坊御亭主も腕を振るったのでした。
ちなみに、この日の夜は…
 ・スモークサーモンチップ
 ・モツ煮込み
 ・鶏ひき肉とプチトマトのチーズ焼き
 ・白滝とひき肉・椎茸のピリ辛炒り煮
 ・カレー肉じゃが
 ・鶏手羽元と茄子と春雨のオイスターソース炒め煮
 ・豚バラブロックと豆・きのこのクリームソース煮込み
 ・豆とひき肉のチリコンカン・チーズ味
 ・蟹と蟹味噌のトマトソース・スパゲティ
と、様々なメニューが供されたのでした。
そして、これらのお料理のおかげでビールや日本酒、そして七面鳥印のバーボンが次々と消費されていきました。
結局、午後5時半に開店した野筵坊、最後のお客が寝床へと向かったのは日付も変わった頃だったのでした。

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厨房に立つ野筵坊御亭主(左)と代表幹事(右)


5月4日 その夜 [活動こぼれ話]

いろいろあった蒸機運行2日目も無事終了、夜ともなれば連夜の宴会が始まります。

今夜もあずまやの厨房を預かるのは野筵坊のご亭主。そしてこの夜、その周りを取り囲むのは羅須創設メンバーでもある“けむりプロ”のお三方だったのでした。
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美味い酒と肴に盛り上がる羅須第一世代の皆さん

外はときおり霧雨が降るような、5月としては少々冷え込む夜でした。しかしこんな夜こそ、旧い仲間とゆっくり杯を傾けるのに絶好の夜です。野筵坊ご亭主のお料理をつまみに、汽車の話、そして今年35周年を迎えた羅須地人鉄道協会の話に夜遅くまで花が咲いていました。

一方、あずまやの片隅では“罐猫(かまねこ)”がU山さんにかわいがってもらっています。こんな寂しい夜は罐猫もにぎやかで暖かなあずまやがいいようです。
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U山さんに甘える“罐猫(かまねこ)”

こうしてまきば線の夜はゆっくりと更けていったのでした。

5月3日 その夜のつづき [活動こぼれ話]

5月3日 その夜のつづきです。

また、この日の夜はテレビ東京系列の番組でまきば線が紹介されることになっていました。放送時刻が近づくとテレビのあるあずまやに羅須地人たちが集まってきます。
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あずまやの小さなテレビを取り囲む羅須地人たち

取材対応したT田さんのウラ話などを聞きつつ、まきば線が画面に登場するのを待ち構えます。4月中旬に行われた取材では、元横綱の曙さんとその一家がレポーターとして成田ゆめ牧場を往訪、まきば線にご乗車いただきました。どのように紹介されるか一同興味津々で番組を見ていましたが、結局さらっと2~3分程度紹介いただいき次の話題に移っていってしまいました。しかし番組を見ながらT田さんの取材ウラ話や番組の感想など、宴会のネタとしては十分盛り上がり大変楽しめましたので良しとしましょう。

そうこうするうちに、外気温がだんだん下がり始めてきました。あずまや内の第一会場は温暖ですが、屋外の第二会場はだんだん冷えてきます。さっそく機関庫から薪ストーブが移設され、ストーブの回りに輪ができます。
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ストーブが運び込まれ宴会も長時間化へ

ぽかぽかと暖かいストーブの登場に、野筵坊さん、アジャパーさんのお料理、生ビールにターキー。宴会はますますだらだらと続いていくのでした。
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薪ストーブからの煙は深夜まで漂い続けた

5月3日 その夜 [活動こぼれ話]

5月3日 その4から続いているような、そうでないような…。

だんだんと辺りも薄暗くなってきました。あずまやの方からはいい香りが漂ってきます。今夜は、前夜から引き続きの野筵坊さんに加え、“なぞのインド人 アジャパーさん”まで登場、あずまや内の厨房で腕を振るっていたのでした。
おいしそうな香りに羅須地人たちもきりのいいところで作業を切り上げ、そのまま宴会に突入です。
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充実感いっぱいに“かんぱ~い!”

生ビールを満たしたジョッキを手に、羅須地人たちが集まってきます。そして午後6時ちょうど、乾杯の声も高らかに宴会のスタートです。

この日のメニューは、アジャパーさん提供のお料理が、
・インド・チキンカレー
・キムチスパゲティ
そして野筵坊ご亭主提供のお料理が、
・カレーおでん
・もつ煮込み
・茹でソーセージ
・山芋の豚バラ巻き焼き
・揚げ茄子とささがき牛蒡と鶏肉の卵とじ
・イカげそ揚げ・チリソース
・豚のコーラ煮
・マーボー春雨
・鶏砂肝のピリ辛炒め
・えのきの煮物
と、大変豪華なラインナップでした。作業の後の心地よい疲労感の中、羅須地人たちは酒に、料理にと、至福の時間を過ごしたのでした。
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中庭に設けられた特設宴会場にて舌鼓を打つ

料理だけではありません。この日ももちろんビールサーバーには生ビールの樽が設置、焼酎、日本酒なども用意されていましたが、それに加えて“保線大臣”豊Nさんが持ち込んだ大量のワイルドターキーまで登場、宴会はますます深まっていくのでありました。
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「たくさん持ってきましたのでたっぷり飲りましょ~!」

このワイルドターキーは持ち込んだ豊Nさんとその豊Nさんに“捕まった”事務局長によって大量に消費されましたが、それでもこの日の消費量は、持ち込まれた量の約三分の一だったそうです。豊Nさん、恐るべし!
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ターキーのロックを“ジョッキ”で呑む保線大臣と事務局長

春の夜のゆめ [活動こぼれ話]

まきば線の沿線にはたくさんの桜の木があります。まきば線のあるゆめ牧場近辺は千葉県とは言いながら、利根川沿いに下ってくる風の影響か、東京都内より若干気温が低いことが多く、桜の開花も都内より1週間ほど遅れるのが通例です。
そして、4月5日。都内の桜からほぼ1週間遅れで、まきば線の桜も満開を迎えました。折りしも5日の夜は機関車整備のため遅くまで機関庫に明かりが灯っており、6号機の煙突からはうっすらと煙がたなびいていました。

その情景を見た仲間の一人が機関庫近くの桜をライトアップ、春の夜空に満開の桜が浮かび上がったのでした。満開の夜桜、そしてその向こうには火の入った軽便蒸気機関車。まるで幻のような、朧げな春の情景が浮かび上がりました。
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この日の夜は、まきば線名物の野莚坊も久々に開店、満開の桜に、機関車に、そしておいしい料理と楽しい仲間たち、集まった羅須地人たちは楽しい夜を満喫したのでした。

蒸機運転前夜 その4 [活動こぼれ話]

蒸機運転前夜 その3の続きです。


外は土砂降りの雨、
でもあずまやの中は薪ストーブでぽかぽか

いろいろありましたが、明日の蒸気機関車の準備もとりあえず終わり、あずまや宴会が再開、夜も更けてきましたがこれからさらに後半戦が始まります。タイミングよく、遅れていた事務局長も登場、雪ではなく雨が降っていることに落胆しているかと思いきや、あずまやのあまりの快適さにニコニコ顔で早速宴会に混ざっていくのでした。


遅れてきた事務局長も参戦!

お料理も前半戦からのFシェフとともに、Tさんも博多風(ご本人は“博田風”を主張。それどこ?)もつ鍋を披露、薪ストーブの上で鍋がぐつぐつと煮え、裸電球の灯りであずまやはすっかり博多の屋台のムード。お料理だけじゃありません。今回“も”参加のりんてつ倶楽部のTさんがご持参いただいた、昨年11月の木曾王滝村での運転会などの様子を編集したDVDを上映、木曾の美しい映像も酒の肴に、宴会は否が応にも盛り上がっていくのでした。


りんてつ倶楽部さんの木曾ビデオをBGVに、鍋をつつく


屋台風にムードを盛り上げる裸電球の灯り





ちっとも汽車は出てこないし「活動」報告じゃないけど、まだ続きます。


蒸機運転前夜 その1 [活動こぼれ話]

10日の蒸機運転のことをお伝えするまえに、まずその前日のことからお伝えしましょう。

前日の9日は、「午後から雪が降るかも?!」という天気予報もあって、午後には続々とまきば線に羅須地人たちがやってきました。
で、まず明日の使用予定機関車である6号機の準備が行われます。そして続いての作業は薪作りです。そうそう、蒸気機関車を走らせるにはまず薪が必要だよね…、と思いきや、作られた薪は機関庫ではなくなぜかあずまやに運び込み始めるではないですか。そしてさも当然のようにあずまやの薪ストーブに火が入り……

まだ明るい午後3時過ぎには、ぬくぬくとしたあずまやですっかり寛ぐ羅須地人たちがいたのでした。


午後3時には、もはやこの有様

と、この日の食事当番を買って出たFさんが厨房に立ち、なにやら始めたようです。


なにやら始めるFさん

そして、あれよあれよと言う間に、薪ストーブの上にはおでんの準備が着々と整えられていったのでした。


薪ストーブに準備されたおでんのお鍋

気がつくと、まったりのんびりの週末モードのなか、まだ外は明るいうちからFシェフの小料理屋さんが開店、なし崩し的に宴会が始まっていたのでしていたのでした。

しかし、彼らはまだ知らなかったのでした。明日の本務機である6号機に“あんなこと”が起こっていたなんて…。


この頃はまだ何も知らずに
Fさんの手料理に舌鼓を打つ羅須地人たち

5月蒸機列車運行こぼれ話“赤い悪魔” [活動こぼれ話]


まきば線の主力機6号機

今回3日間にわたって活躍した6号機。この6号機はまきば線の主力機の1両として蒸機運転の際には大活躍していますが、一方、3号機と同型でありながら、「蒸気の上がりは悪く、落ちは早い」と糸魚川時代から機関助手泣かせの異名をとどろかせていました。今回の蒸機列車運行でもその実力を遺憾なく発揮し、何人かのカマ焚きの方々がその餌食となったのでした。

一人目の犠牲者
まず最初の餌食となったのは、5月3日、午後からの運用で機関助手となったAさんでした。
Aさんは羅須地人鉄道協会創立時からのメンバーで、6号機とは台湾から里帰りさせたとき以来の長い長い付き合いです。会の創成期の糸魚川時代には、中心となってカマを焚いていました。しかしお仕事の都合などで途中ブランクがあり、今回の蒸機運行はおよそ四半世紀ぶりのカマ焚き(機関助手)となりました。
運転指令もそのブランクを承知した上で、かつてのキャリアから6号機の罐を任せることにしたのでした。それでもペアを組ませる機関士にこれまた糸魚川時代から6号機と付き合ってきたとっちゃんを配し、万全を期した…はずだったのでした。


午後1時、余裕の笑顔でポッターとの交代に臨むAさん(左)

午後1時、それまで運用についていたポッター号と機関車ごと交代する形で、とっちゃんとAさんの乗務する6号機が列車の先頭に就きました。Aさんも久しぶりのカマ焚きにも余裕の笑顔です。

ところが。
6号機に代わってから2~3本目の列車だったでしょうか、機関庫付近にいた運転指令が、ふとモトクロス場をはさんだ向こう側の線路を見ると、なんとティンバー(木橋)に向かう築堤上で、列車が停車しているではないですか!
運転指令がすぐに無線で6号機を呼び出します。
「どうしましたか~?」
機関士のとっちゃんから返事が入ります。
「圧が下がっちゃって勾配途中で止まっちゃいました。バックして登りなおします!」
ティンバー前の築堤は、まきば線の本線ではもっとも勾配のきついところで、ボイラーの蒸気圧が低いときにはとても苦しい場所でもあります。今回は蒸気圧の低下に加え、2両のフラットカーに満載のお客さんという悪条件が重なり、勾配途中で立ち往生ということになってしまったようでした。
その後、6号機は蒸気圧を上げるため、煙突からもうもうたる煙を上げながら約100mほどバックし、勾配のゆるいところで蒸気圧の上昇を待って再チャレンジです。それでもお客さんも乗っておりわずかな時間で再出発ですから、蒸気圧もそれほどあがるわけではありません。6号機は苦しそうにあえぎながら築堤の勾配を少しづつよじ登っていきます。そしてとうとう勾配の終わりであるティンバーにたどり着いたとき、満員のお客さんからは期せずしていっせいに6号機の健闘をたたえる拍手が巻き起こったのでした。

乗務の後、Aさんはこう語っていました。
「いやーちょっと油断したら4キロ切っちゃってね(通常使用圧力は6キロ)、坂を上れず後戻りだよ。必死で焚いて圧を戻して、大変だったよ! でも坂を上りきった時にはお客さんから拍手されちゃってね、なんだかうれしかったなぁ」
久しぶりの6号機は、Aさんが四半世紀のうちに忘れていたことを一気に思い出させてくれたようです。


久しぶりの乗務は思い出深いものになったAさん

二人目の犠牲者
次の餌食となったのは、2日目に乗務したFさん。Fさんも6号機とは糸魚川時代から四半世紀以上の付き合いで、しかもまきば線でももう数え切れないくらい6号機のカマを焚いてきています。経験という点でも、Fさんは羅須地人の中でもトップクラスの乗務員といえましょう。
一方、Fさんはそのこわもてとは裏腹に、子供たちが大好きで、Fさんが乗務の時には積極的にお子さんたちを運転台に乗せてあげ汽笛を鳴らさせたりしています。この日も、乗降中の停車時間の間、機関車を覗き込むお子さんたちにいつものように汽笛を鳴らさせていたのでした。


運転台で子供たちの相手をするFさん

ところが。
お子さんたちに汽笛を鳴らさせているうちに、駅長から出発の合図が出されてしまいました。運転台にいたお子さんを急いで客車に戻し、安全確認の後、直ちに出発進行です。そこでふと圧力計を見てみると……圧力計の針はなんと3キロ。通常使用圧力の半分です。Fさんは子供たちの相手をしていてボイラーへの投炭をすっかり忘れていたのでした!
乗り場を出てしばらくは下り勾配ですが、その先のオメガカーブから先はだらだらと上り勾配、そしてその先は前日Aさんが立ち往生した築堤へと続いています。圧力は3キロ、お客さんは2両のフラットカーに満載。Fさんは青くなりました。どう考えても立ち往生は必至です。
結局、Fさんは上り勾配が始まる地点で列車を止め、必死にカマを焚いて昇圧する羽目になったのでした。

乗務の後Fさんは語りました。
「駅で子供たちと遊んでいたら、いつの間にか3キロまで落ちててさ。6号はアッという間に圧が落っこちるから気が抜けないね。」
Fさんのような熟練の乗務員にもスキを見せると容赦なく牙をむく6号機だったのでした。


その夜、たこ焼きを焼きながら愚痴るFさん
「いやぁ、6号機は油断ならないね!」

三人目の犠牲者
3人目の犠牲者は3日目に乗務したKさんでした。このKさんも羅須地人の古参会員の一人で、糸魚川時代にも6号機で苦労をしたことのある方です。まきば線敷設時には一人で1日30mの線路を敷設し「脅威の1日30m男」という異名も持っています。
そのKさんも一人目の犠牲者Aさんと同じく、お仕事の都合でブランクがあり、6号機のカマを焚くのは同じく四半世紀ぶりになります。Kさんが乗務に就いたときはお客さんの増加に対応すべく、立山人車を増結しているときでした。本務機6号機、間にフラットカー2両と立山人車を挟んで3号機の後補機が付いています。
運転指令としても、Kさんの久しぶりの乗務に一抹の不安がなかったわけでもありませんが、後補機が付いているし、念のために、6号機の機関士にはメカニックのSさんを配置しておいたので、多少のことなら何とかなるでしょうと考えていたのでした。

異変が起こったのは、乗務員交代して1周回った後のことでした。
駅長から運転指令に突然の無線連絡です。
「3号機を前に連結したいが許可をもらえるか?」
どうやら運行上、問題が発生しその解決のために3号機を前につなげる必要があるようです。運転指令がその理由を聞いたところ、
「6号機の圧力が低下、本務機として走行不能なので、急遽3号機を前補機にしたい」
とのことでした。
先日もおしらせしたとおり、乗り場のプラットホームの有効長と、その先の踏切の関係で、前補機での重連運用が難しい状況でした。しかしたくさんのお客さんが乗車をお待ちになっている今、列車が乗り場に停車中には踏切を封鎖しなければなりませんが、それでも運行することが優先です。
運転指令は指示を出しました。
「許可します。3号機は単機で本線を逆行し6号機の前に連結してください!」
こうして予定外の3号機+6号機の前補機重連列車が走ることになったのです。
缶圧は2キロまで落ちてしまっており、後補機の3号を逆周り単機回送して前補機として運転再開。缶圧復帰のため乗り込んだF機関助手が前日の仇とばかりにガンガン焚きながら3号機に引っ張られて3周程走行し、何とか5キロ台に復帰し前補機運転は終了したのでした。


6号機の圧力低下が招いた重連運用

この重連運転は、撮影にきていた鉄道ファンの方々などに大変ご好評でしたが、その原因となった6号機のカマ焚きのKさんは後にこう語っています。
「引き継いでから1周して、そろそろ投炭しようと焚口を開けたら真っ暗!6号機の火室には悪魔が棲んでますぅ!」

こうして、毎日一人づつを餌食とした6号機、この“赤い悪魔”の次の犠牲者は誰になるのでしょう?


今回の6号機の犠牲者Aさん(左)とKさん(右)
これに懲りずにまた6号機に乗務してくださいね


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