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冬の間の活動から 番外編 [活動こぼれ話]

この冬の間のまきば線での活動をご報告していますが、今回は番外編をお届けします。

・羅須地“猫”鉄道協会もすくすくと…
昨年秋にメンバーが“殖えた”羅須地“猫”鉄道協会の皆さんですが、その後も順調に“活動”を続けているようです。
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おくつろぎ中のメンバーの皆さん

千葉県とはいえ、利根川沿いに北関東からの冷たい風も吹く千葉県北東部、朝晩は相当冷え込みます。その寒さをしのぐためか、なにかと“ねこ団子”状態になっているのが目撃されています。
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椅子の上に“ねこ団子”

でも、声をかけるとメンバー全員で振り向いてくれます。
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「なになに?!」「ねぇ、どうしたの?」

ちなみにこの羅須地“猫”鉄道協会の皆さん、三代目さんがふらりと住み着いたので基本は“野良”なのですが、まきば線機関庫に塒(ねぐら)を構えている以上、最低限のマナーは必要ということで、先日“平日会員”さんが親子共々獣医さんのところに連れて行っていき、飼い猫と同等の処置を行っております。その際わかったのですが、新メンバーは3匹とも男の子だったそうです。汽車好きの立派な“罐猫”に育っていただきたいものです。
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12月初旬、入会から約2ヶ月目の頃の新入りさん

まきば線にももうあちこちに春の気配がやってきています。
この“ねこ団子”も暖かくなるとそろそろ見納めかもしれませんね。
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“ねこ団子”ご覧になりたい方はお早めに!

ということで、ちっとも“鉄”じゃない話題でしたが、次回からまた鉄になります。

今年最後の“なべ” [活動こぼれ話]

先週土曜日の夜、この日の蒸機列車運行は終わったのに、煙を上げたポッターが機関庫前のプラットホームに停車しています。
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ポッターがホーム上の灯りに照らされる

その後ろには何かが連結されているようです…。
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なべ風呂入浴中の保線大臣

ということで、今年最後の蒸機列車運行ですので、“なべ風呂”が沸かされたのでした。事務局長やら保線大臣やら羅須地人たちが今年最後のなべ風呂を楽しみましたが、せっかくですので、この方にもしっかりご入浴いただきました。
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鉄道を“体感”いただきました(笑)

なべ風呂は蒸気機関車のボイラーを使って沸かされますので、次に蒸気機関車の運行が行われる来年春まではしばしのお別れです。
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今年のなべ風呂もこれでおしまい…(のはず)

親方、機関士デビュー! [活動こぼれ話]

前回の蒸機列車運行日である9月17日、実は驚くべき事態が発生していました。
なんと保線大臣ことあの“親方”豊N氏が営業列車の機関士デビューを果たしていたのです。
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笑顔で指差呼称中の豊N機関士

もちろん、この豊N氏、本業も鉄道関連ということで、J○の某本線での機関車運転経験もあり、しかも、まきば線でも営業運行終了後に蒸気機関車の運転技術の習熟もしており、まきば線で機関車を運行することにままったく問題ありません。

では何が“驚くべき”なのか。
そう、彼は何より“線路が好き”だったのです。ですから線路を走る車輌(彼曰く“ウワモノ”)は、彼にとって「線路を傷めるもの」であり「線路の敵」だったのです。
現に彼は、J○某線にCなんとかとかいう機関車が来たときも、その重量といいホイルベースの長さといい、20m級の電車にベストマッチングしてある軌道に相当な負担がかかるらしく「こんなもん来んじゃねぇ!」と本気で憤ってました。
その豊N氏が最近“ウワモノ”ポッターに興味を示して以来、羅須メンバーの間でその動向が関心を呼んでいましたが、この日ついに6号機のスロットルを握り、営業運転までやってのける快挙を達成したのです。

しかもさらに驚きなのが、その助手を務めたのがいつも豊N氏とバトルを繰り広げているコバ氏だったことです。コバ氏はいつも豊N氏に無謀な戦い(主におちょくり系)を挑んでおり、「トムとジェリー」的な関係(どっちがトムでどっちがジェリーかは想像にお任せします)でした。そのふたりが機関士・機関助手ということで、羅須メンバーも驚きの組み合わせです。
結局、豊N“親方”機関士とコバ機関助士との間では、一時乱闘寸前の争いもあったようでしたが、無事運行も終えましたので、どうやら最悪の事態は避けられたようです。

なお、この二人っきりの乗務中、両氏により会談がもたれたらしく、今回の活動終了後、コバ氏から闘争終結宣言まで公表される事態になりました。

以下、コバ氏の終結宣言より抜粋
「2人だけの営業運転中の6号機機上会談において、バールなどの武力を一切行使する事無く口では何と言おうが行動で示す』と言う冷静かつ紳士的な方法で、懸案の『上物論争』に終止符を打つ事が出来ました
中国、韓国、北朝鮮も素直になった親方を見習って欲しいものです」
一方これに対して、豊N氏からは、
「普通に楽しく乗っていると思ったら大間違いですよ・・・
次回の保線工事に備えて軌道の確認もしっかりしていたんですよ」
とのコメントが発表されています。

また、これらの発言を受け、事務局からは「品格を持って 冷静に大局的に行動しよう」との談話を発表したとかしないとか(笑)

今後の動向に目が離せないまきば線です。
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和解が成立した(?)豊N“親方”機関士とコバ機関助士

蒸機運行以外にもイロイロありました その4 [活動こぼれ話]

前回の続きです。

雨にたたられた蒸機列車運行初日も午後3時を回り、蒸機列車運行も終わりに近づいた頃、機関庫の前にさっきまで砕石を運んでいたナベトロが転がされてきました。
まだ雨が残る中、高圧洗浄機が登場して“保線大臣”みずから“なべ”を洗浄していきます。
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保線大臣が高圧洗浄機で“なべ”洗い

そして、きれいになった“なべ”は、そのまま給水スポートからの“軟水”をたっぷり“なべ”に張ってポッターを待ちます。午後4時の蒸機列車運行終了とともにお役御免となったポッターがヤードに戻ってくると、ボイラーの蒸気バルブにホースが繋がれます。もう一方のホースの先は“なべ”の中に沈められると、ポッターの蒸気バルブが開かれます。
…そして待つこと約20分、まきば線名物(?)“なべ風呂”の準備完了です。

今日の一番風呂は雨の中、保線工事などに大活躍の“保線大臣”豊N氏とそのご子息“二鉄”くんです。今夜は親子でまきば線宿舎にお泊りとのことで、親子でお風呂です。
二人が湯船に沈んだころ、“風呂釜”になっていたポッターに事務局長が乗り込んでいきます。そして“なべ風呂”はそのままポッターに牽かれて動き始めます。
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ポッターが牽く“親子なべ”には笑顔の父と子

雨の中とはいえ、動き始めた“なべ風呂列車”に二鉄くんも大喜び。愛する息子さんの笑顔にお父さんの豊N氏の表情も緩みます(手にした黄色い液体も影響しているようですが…)。サスペンションも何もついていないなべ風呂列車の乗り心地は、一種独特です。線路と車輪の振動が直になべに張られたお湯に伝わりますが、入浴中の乗客はお湯に浮かんだ状態で、お湯を通して振動を全身で感じることになります。

ポッターの牽く“なべ風呂列車”はそのまま、本線に出て行きます。本線を一周してヤードに戻ってくるかと思いきや、まきば線の最高地点であるティンバートレッスル(木橋)まで行くと、停まってしまいました。そしてポッターの機関士はおもむろに連結ピンを抜いてしまうではありませんか。連結が外れたなべとろは、親子を乗せたまま自重で……。
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親子を乗せたまま勾配を下っていく“なべ風呂”

ポッターから切り離されたなべとろは、勾配を自由落下していきます。閉園後の閉鎖空間でのみ許される、ある意味究極の“トロッコ遊び”です。上の画像は近くに居合わせたたかはし氏が撮影したものですが、ムダに流し撮りになっていたりします(笑)
そのまま乗り場付近の上り勾配まで走っていった“なべ風呂”は再び重力で逆走し、まきば線の最低地点であるオメガカーブ付近で停まったところを、ポッターに回収されてヤードへと戻っていったのでした。
※ブレーキのついていない鉄道車輌の突放は危険ですので、良い子はマネをしないでね!

ちなみに、この“なべ風呂”は翌4日にも行われました。前日のお返しとばかりに、この日は事務局長が“突放”されていました。
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“突放”される事務局長

4日のなべ風呂では、このあと、ここではとても書けないようなこともあったりましたが、おおむね平和にまきば線の夜は暮れていきます。

まだ続きます。

青山邸バーベキュー大会開催される! [活動こぼれ話]

木造客車の話題が続いていますが、1回お休みさせていただいて、今回は別の話題です。
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かつての“聖地”に懐かしい顔ぶれが集まる

6月のある土曜日、あるバーベキュー大会が開催されました。
会場となったのは羅須地人鉄道協会初代代表幹事である青山さんのお宅。集まってきたのは羅須創世期に活動の中心となったメンバーたち、総勢十数名。現在の活動の礎となった糸魚川時代を振り返ろうという趣旨で、青山ご夫妻を囲んでのバーベキュー大会となりました。
いまは閑静な住宅街の中の“ちょっと大きめのお宅”である青山邸ですが、かつて、ここのお庭には「羅須・柏ワークス」が設営され、羅須創世記には糸魚川と並ぶ羅須地人鉄道協会の拠点のひとつとなっていました。“けむりプロ”や羅須地人鉄道協会の活動に共感した多くの若者たちがこの門をくぐり、ワークスに併設されたクラブハウスに集い、泊まり、6号機の修理をしたり、12号機インジャンジョーを製造したり、はたまた羅須バンドの演奏が響き、夜通し汽車談義が続いていたり、とさまざまな活動が行われていました。
当時、ワークスの工房からは、ガス溶断の煙がたなびき、サンダーの切削音が響きわたっていました。また電気溶接機が青山邸の家庭電気配線に直結(!)されていたため、電気溶接のたびに青山邸では電圧降下が発生していました。まだ小さかった青山家のお嬢さんたちは、テレビの画面がゆがむと、「あぁ、また誰か溶接してるな」と思ったそうです。当時、周囲にはまだ住宅も少なかったからこそのできたことであり、今では想像できないような“パラダイス”が展開されていたのでした。
このように羅須創世期の活動を支えたワークスも発展的に移転してから約30年、この“聖地”に、ここで育ったかつての仲間たちが集まってきました。いまは家庭や仕事の都合で活動に参加しにくいメンバーたちも、この日のために駆けつけ、懐かしい顔ぶれと共に、肉や野菜や思い出話を肴に盛り上がりました。
夕方からは、会場が青山邸のリビングに移動し、皆で青山氏の高校の修学旅行(蒸気機関車の牽く専用列車で行く北海道7泊8日!)の写真を拝見したり、羅須歴史班による糸魚川時代の画像上映などが行われ、昼から始まった宴は夜まで盛大に続いたのでした。

6号機、トラブル発生! [活動こぼれ話]

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営業列車の先頭に立つ6号機
あんなトラブルが発生するとはこのときは知る由もなかった…

それはゴールデンウイークの蒸機列車運行日2日目、5月4日午後のことでした。機関庫付近にいた運転指令に、営業列車を牽引する6号機の機関士から無線連絡が入りました。
「こちら6号機、運転指令とれますか?」
このとき運転指令をしていた事務局長は、乗り場に停車中の営業列車を確認しつつ無線に応答します。
「はい、こちら運転指令、6号どうぞ」
通常、機関車から運転指令に無線連絡がある時は、ほとんどが給水給炭の依頼なので、今回もそうかなと思っていると、とんでもない連絡が飛び込んできました。
「焚口扉が外れましたぁ~!」

焚口扉というのは、ボイラーの石炭を投入する焚口についているフタのことで、通常、取り外せるようにはなっていません。混乱した事務局長は聞き違いかと思い、再度6号機に連絡をとります。
「え~っと、すいません、もう一度お願いします」
しかし6号機から帰ってきた答えは…、
「もう一度繰り返します、焚口扉が外れました!」

なぜ焚口扉が外れたのか、今どうなっているのか、営業列車は走行可能なのか、さまざまな疑問が渦巻く中、救援機関車を手配するか確認すると、6号機機関士からは
「なんとかこのままヤードまで戻りますので、そこで機関車交換お願いします」
とのこと。状況がよくわからないまま、バックアップ機のポッターに緊急出動要請を行い、機関車交換の準備を行います。

機関庫前から遠目で見る分には、全く異常を感じさせず乗り場を出発した6号機は、約5分後、そのまま機関庫前の“駅”に滑り込んできました。直ちに営業列車の牽引をポッターと交替、営業列車はそのまま出発し、6号機は機関庫に戻ってきたのでした。よく見ると、外れた焚口扉を機関士が火かき棒で押さえながらの帰庫でした。
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外れた焚口扉を火かき棒で押さえる機関士

機関庫に戻った6号機をよく確認してみると、焚口上部で扉を支えている蝶番と焚口扉の溶接がはがれてしまったようです。早速、ボイラーから蝶番が取り外され、焚口扉と共に機関庫内に持ち込まれます。
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6号機と外れた焚口扉

機関庫内のの作業スペースにはトラブル発生の連絡を受け、準備万端整えたメンバーが待ち受けており、あっという間に外れた部分を溶接します。溶接部分が冷える間もなくボイラーに取りつけたら修理完了。F1のピット作業かと思われるような連携プレーで、その間わずか5分!
焚口扉さえ直れば、6号機には他に問題はなく、すぐに運用復帰ということになります。早速、すぐに営業列車牽引の任務に就くため、本線へと向かっていったのでした。結局、救援機関車として少なくとも2~3周、場合によってはそれ以上を覚悟していたポッターもわずか1周で交代、機関庫に戻ってきました。

今回のトラブルは、予想外のトラブルに冷静に対応した6号機の機関士・機関助士、緊急出動に直ちに対応したポッターの機関士、壊れた部分をただちに補修した機関庫メンバーなど、羅須地人メンバーの現場対応力により、あっという間に解決しました。一方で、これまでもボイラーや走行装置、ブレーキなどは始業時にきちんと点検していましたが、まさか焚口扉が壊れるとは思っておらず、やはり古い機械だけにトラブルはつきものであるということを実感しました。
今後、安全運行のためにも、より一層の整備・点検の充実が必要だと再確認した出来事でもありました。


さて、話は変わりますが、今週末の28日・29日は蒸気列車運行日です。
例年、この時期の蒸機列車運行は、梅雨入り前の好天に恵まれ、なおかつゴールデンウイークほど混雑もせず、まきば線をお楽しみいただくには絶好の季節です。天気予報を見ると、お天気が微妙そうですが、お天気が悪ければ悪いなりの楽しみ方もあります。ぜひ皆さんのお越しをお待ちしております。
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昨年5月末の蒸機列車運行

“ふしぎな電柱”、役に立つ! [活動こぼれ話]

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“ふしぎな駅”の“ふしぎな電柱”に、こいのぼりが泳ぐ

以前、お伝えした“ふしぎな駅”の“ふしぎな電柱”、電柱でありながら電線がなく、そのためてっぺんについた電燈も灯らないという“ふしぎな”電柱です。今回の蒸機運行でも、このまま“風景用ストラクチャー”として存在するしかないかと思われましたが、意外なところで役に立ちました。

この“電柱”に救世主が現れたのが5月4日朝のことです。保線大臣がこいのぼりセットを抱えてまきば線に現れたのでした。例年、この時期のまきば線では「こどもの日」にちなみ車両や機関庫などにこいのぼりをディスプレーしているのですが、今年はまだ飾られていませんでした。そのまま保線大臣は脚立を用意し、一緒にやってきた息子さんと共に、あの“ふしぎな電柱”の間に紐を張り、手際よくこいのぼりをセッティングし始めました。
そして、ほんの15分ほどで、こいのぼりたちは5月のさわやかな風を受け、まきば線の空を楽しそうに泳ぎ始めたのでした。

このこいのぼりは、まきば線にやってきた子供たちにも大人気で、付近を通りがかる子供たちのみならず、“駅”を通過する列車からも「あっ、こいのぼりだ!」とのうれしそうな声が上がっていました。

こいのぼりは5月5日子供の日の営業運行終了後に降ろされましたが、そのまま来年の登場まで大切に保管されました。発案者の保線大臣も子供たちの反応に気を良くしており、来年のゴールデンウイークにもまたこいのぼりの泳ぐ姿をお見せすることができそうです。
もっとも、その頃にはこの電柱にも電線が張られているハズですから、ちっとも“ふしぎな電柱”じゃなくなっているハズですが。……多分。
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5月の空を泳ぐこいのぼり

“モータートトロ”大活躍! [活動こぼれ話]

前回お知らせした木橋改良工事でモータートロッコが大活躍しました。
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“予想外”の活躍をした“モータートトロ”

もともと3’6”ゲージの保線用軌道自転車だったこのモータートロッコは、縁あってまきば線に持ち込まれ、2フィートゲージに改軌されました。
その後Oさんがあれやこれやと弄り始め、スピーダー風のキャビンが載せられたこともありました。最近は原点回帰し、原型に近い形に戻されたほか、チェーン駆動のスプロケットを見直してまきば線向けのギア比にされるなど地道な改良が進んでいます。羅須地人たちからは「モータートトロ(Oさん命名)」「こんにちはさようなら号(T代表幹事)」などと人によって呼び名が違うなぞのモータートロッコです。

そんなことはさておき、木橋改良工事。今回の工事の目玉の一つに“重軌条化(12kg/m→15kg/m)&ロングレール化(5m→10m)”があります。木橋の前後30mに渡り、レールを交換する予定です。交換用の10mの15kg/mレールは給水タンク付近においてあり、現場まで運ぶ必要がありました。15kg/mレールとはいえ10mもあると1本150kg。足場の悪い場所まで人手で運ぶには少々重過ぎます。さりとてちょうど蒸機列車運行中のこの日、102号機や4号機を先頭にレール輸送列車を仕立てるには仰々しすぎる気もします。
保線用軽便トロに積んで人力で転がしていくのがもっとも安全かつ手軽かと思われましたが、移動距離は結構長く、ちょっと考えどころです。
と、そこで目に付いたのが、そうです、あの“モータートトロ”です。
しかし、この“モータートトロ”、動力付きとはいえそのエンジンも小さなもので、2名の乗員を運ぶだけで精一杯です。はたして150kgのレール4本、合計600kgの積荷を積載した軽便トロを牽引できるのでしょうか?
まぁ、ダメでもともと、物は試しということで、チャレンジしてみることになりました。
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積荷を積み込み恐る恐る出発

Oさん操る“モータートトロ”、皆の不安をよそに案外力強く走り出していきます。Oさん曰く「後半の勾配区間で停まっちゃわないかひやひやしたよ」と言うものの、築堤も無事上りきりました。
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“重量貨物”を牽引し築堤を駆け上がる“モータートトロ”

そして結局、大方の予想を裏切り、“モータートトロ”は無事任務を果たし、工事現場である木橋まで10mの15kg/mレール4本を運びきったのでした。
この成果に“保線大臣”豊N氏もいたく感激し、「あのモータートロッコ、トラ塗りして保線用にすっか!」なんて発言も飛び出るほどでした。
実は案外利用価値があると判ったこの“モータートトロ”、今後も意外なところで意外な活躍をするかもしれません。
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無事任務を終えた“モータートトロ”と軽便トロ

2009GWこぼれ話 その4 [活動こぼれ話]

前回に続いて、ゴールデンウイークの蒸機列車運行期間中の話題をお送りします。

ナベ風呂走る!

さて、プライベート撮影会が行われた5月4日の夜、この日火が入っていた6号機は撮影列車の先頭に立っていました。では、この日、もう一両火が入っていたポッターはどこにいたのでしょう?

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“アレ”を牽いて快走するポッター

答 ナベ風呂列車の先頭に立っていました(笑)

ここのところちょっとご無沙汰していたナベ風呂でしたが、この日の夜は、燃料屋さんからいただいたサンプル燃料の燃焼試験もかねて久しぶりの登場となりました。

この日も、はじめは「え~、やるのぉ?」などとイヤそうな振りをしていたA事務局長が、いつもの通りいそいそとナベトロを洗い始め、いつもの通りナベに水を張り、いつもの通り営業運行が終わったポッターを呼び戻し、いつもの通り湯を沸かし、いつもの通り生ビールを片手に一番風呂に入っていました。
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“いつもの”スタイルでナベ入浴するA事務局長

また、この日は“ドラえもん”ことS氏が菖蒲を差し入れてくれたので、端午の節句には1日早いのですが、ナベ菖蒲湯となったのでした。
このナベ菖蒲湯は、サンプル燃料がじわじわ燃焼し続けたこともあり、深夜にかけて羅須地人多数が入浴し、入浴のみならず、まきば線一周、果てはまきば線自由落下などなど、さまざまな入浴法で羅須地人たちの見も心も温めたのでした。

おまけ
この日投入のニューアイテム、“木製湯かき棒”。S井氏が測量用の木杭と木っ端で製作。
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ニューアイテム“湯かき棒”と製作者S井氏

2009GWこぼれ話 その3 [活動こぼれ話]

無事機関庫西側の扉がついたところで、再びゴールデンウイークの蒸機列車運行期間中の話題をお送りします。

夜間プライベート撮影会開催!

5月4日の夕刻、蒸機列車の運行を終えた6号機が機関庫前に戻ってきました。普通ならこのまま火を落とし、煙管や灰箱の掃除に入るところですが、この日は違いました。営業用の編成を引込み線に入れ、新たに立山トロの編成の先頭に立ちます。
時を同じくしてニコニコとカメラバックを担いだ方々もまきば線にやってきました。
そう、この日は羅須地人鉄道協会がお世話になっている方にお声かけをして実施されたプライベート撮影会だったのです。
日中も営業列車の先頭に立っていた6号機が、立山トロ×3+立山人車という“立山”編成を従えて、夕暮れのまきば線を走り始めます。
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夕暮れのまきば線を特別編成列車が走る

普段、営業運転では走らないような編成での運行に、カメラを構えた皆さんもお喜びいただけたようで、さかんにシャッターを切っていました。

その後、とっぷりと日が暮れてからも撮影は続きます。
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夜の機関庫前にカメラの砲列

機関庫前に場所を移して、特別編成の6号機とまだ火が残るポッターを並べての“夜撮”が始まります。
長時間露光での撮影で、漏れる蒸気がふんわりと機関車を包みます。
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6号機が蒸気のヴェールを纏う

撮影会の最後には、“あの”腕木式信号機が立つデルタ線に舞台を移して撮影が始まりました。
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6号機の横には“出発進行”を現示する青い光が輝く

結局この日の撮影会は、夜9時近くまで行われ、“夜のまきば線”の魅力をたっぷり撮影された皆さんはニコニコ笑顔でまきば線を後にしたのでした。
参加された方の中には、この日のことをネットで公開されていらっしゃる方もいらっしゃるようですので、ご興味のある方は検索されてみてはいかがでしょうか。

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