ポッター深夜の修理大作戦 [活動報告]
10月11日の蒸機列車運行時、営業列車の牽引にあたっていた11号機ポッターのエンジンより異音が発生し、牽引力が低下してしまうという事態が発生しました。急遽、バックアップの機関車が応援に駆けつけ、列車の運行は事なきを得ましたが、ポッターの不調の原因は判明せず、そのままその日からポッターは運用離脱してしまいました。
そして、前回蒸機列車運行をした11月14日、羅須のメカニックとして名を馳せるとっちゃん氏とU太氏がポッターの不調の原因を探るべく、エンジンの分解整備に当たりました。エンジンの回転にあわせ“カタンカタン”と異音が発生していたため、潤滑不良などが原因で、メタルやピストンリンクに異常磨耗が発生しているのではないか、との想定の下、ポッター号の2気筒蒸気エンジンのヘッドが外されました。
しかし、日中の分解整備では、メタルの磨耗痕もきれいなもので、ピストンリンクにもとりたてて異常は見られませんでした。首を傾げつつ、充分な潤滑油を塗布したのち、再組み立てを行います。
ところが、その組み立て中にバルブギアのパーツが破損するトラブルが発生。はがれた溶接を再度溶接しなおします。
間にまきば線名物の大宴会を挟んだものの、とっちゃん氏とU太氏の二人は簡単に腹ごしらえをした後もずっとポッターに取り付いて試運転に向けて作業を行います。
そして深夜10時過ぎ、バルブギアも修復され、蒸気圧も上がり、試運転の準備が整いました。“ポッターのパーツ”ことA氏が呼ばれ、試運転が始まりました。
ゆっくりとポッターが動き始めます。
・・・が、しかし。
とっちゃん氏とU太氏の願いむなしく異音は止まらず。
ほかの羅須地人たちも作業灯が煌々と点る機関庫にだんだん集まってきます。
歩くようなスピードでゆっくりと試運転を行い、再度異音の原因を探ります。どうやら左側のシリンダーから異音が発生し、その音にあわせて左のメインロッドがカックン、カックン、とヘンな動きをしているようです。
原因が見えてきたら再度エンジン分解です。
もう深夜ですが、二人の作業は止まりません。左側のシリンダーを中心に原因を探ります。試行錯誤の結果、どうやらピストンが正常の位置よりずれてしまっていることが判りました。早速左側のバルブギアを外し、ピストン位置の調整作業が行われます。
見守る羅須地人たちも、誰も“明日にしたら・・・”などとは言いません。
結局、再度試運転が行われた時には、すでに日付が15日に変わっていました。
二人の苦労をねぎらうかのように、ポッターはスーッと動き始めました。もう異音もギクシャクした動きもありません。徐々に速度を上げていきましたがエンジンはまったく快調そのもの。
深夜のまきば線に羅須地人たちの歓声が響き渡ったのでした。
そして、明けた15日。深夜まで頑張った甲斐もあり、機関庫では3号機・6号機と共にポッターの煙突からも煙が上がり、主に3号機・6号機の後補機として、満載のお客さんの乗った列車を後押しに活躍したのでした。
そして、前回蒸機列車運行をした11月14日、羅須のメカニックとして名を馳せるとっちゃん氏とU太氏がポッターの不調の原因を探るべく、エンジンの分解整備に当たりました。エンジンの回転にあわせ“カタンカタン”と異音が発生していたため、潤滑不良などが原因で、メタルやピストンリンクに異常磨耗が発生しているのではないか、との想定の下、ポッター号の2気筒蒸気エンジンのヘッドが外されました。
しかし、日中の分解整備では、メタルの磨耗痕もきれいなもので、ピストンリンクにもとりたてて異常は見られませんでした。首を傾げつつ、充分な潤滑油を塗布したのち、再組み立てを行います。
ところが、その組み立て中にバルブギアのパーツが破損するトラブルが発生。はがれた溶接を再度溶接しなおします。
間にまきば線名物の大宴会を挟んだものの、とっちゃん氏とU太氏の二人は簡単に腹ごしらえをした後もずっとポッターに取り付いて試運転に向けて作業を行います。
そして深夜10時過ぎ、バルブギアも修復され、蒸気圧も上がり、試運転の準備が整いました。“ポッターのパーツ”ことA氏が呼ばれ、試運転が始まりました。
ゆっくりとポッターが動き始めます。
・・・が、しかし。
とっちゃん氏とU太氏の願いむなしく異音は止まらず。
ほかの羅須地人たちも作業灯が煌々と点る機関庫にだんだん集まってきます。
歩くようなスピードでゆっくりと試運転を行い、再度異音の原因を探ります。どうやら左側のシリンダーから異音が発生し、その音にあわせて左のメインロッドがカックン、カックン、とヘンな動きをしているようです。
原因が見えてきたら再度エンジン分解です。
もう深夜ですが、二人の作業は止まりません。左側のシリンダーを中心に原因を探ります。試行錯誤の結果、どうやらピストンが正常の位置よりずれてしまっていることが判りました。早速左側のバルブギアを外し、ピストン位置の調整作業が行われます。
見守る羅須地人たちも、誰も“明日にしたら・・・”などとは言いません。
結局、再度試運転が行われた時には、すでに日付が15日に変わっていました。
二人の苦労をねぎらうかのように、ポッターはスーッと動き始めました。もう異音もギクシャクした動きもありません。徐々に速度を上げていきましたがエンジンはまったく快調そのもの。
深夜のまきば線に羅須地人たちの歓声が響き渡ったのでした。
そして、明けた15日。深夜まで頑張った甲斐もあり、機関庫では3号機・6号機と共にポッターの煙突からも煙が上がり、主に3号機・6号機の後補機として、満載のお客さんの乗った列車を後押しに活躍したのでした。
週末の蒸機列車運行は無事終了しました [活動報告]
11月14日・15日の成田ゆめ牧場感謝祭にあわせて行われた蒸機列車運行は無事終了しました。
14日は予報どおり不安定な天気で,時折激しい雨と風のあいにくの天気となってしまいました。
そんな悪天候の中「(お客さんは)30人くらいは乗ったかなぁ・・・」(機関士S氏談)ということで、一部の 物好き 勇敢なお客さんには悪天候の蒸機列車をお楽しみ(?)いただきました。
それでも3時頃には雨も上がり、夕方には見事な夕焼けがゆめ牧場を包みました。
翌日曜日は打って変わって朝から見事な秋晴れ。
雨上がりということもあって空気も清々しく、すばらしいお天気に恵まれました。
この日曜日は、ゆめ牧場も感謝祭ということでたくさんのお客さんが来場されました。まきば線にも大勢のお客さんが乗り場に列を成し、フラットカー2両編成の蒸機列車が、ほぼ終日、満員のお客さんを乗せて秋空のまきば線を駆け抜けていきました。
この日の運行を持って、今年の蒸機での営業運行は終了しました。今年も大きな事故もなく無事運行が終了できましたことを感謝いたします。
来年の運行計画につきましては、今のところまだ決まっておりませんが、決まり次第またお知らせする予定です。
14日は予報どおり不安定な天気で,時折激しい雨と風のあいにくの天気となってしまいました。
そんな悪天候の中「(お客さんは)30人くらいは乗ったかなぁ・・・」(機関士S氏談)ということで、一部の
それでも3時頃には雨も上がり、夕方には見事な夕焼けがゆめ牧場を包みました。
翌日曜日は打って変わって朝から見事な秋晴れ。
雨上がりということもあって空気も清々しく、すばらしいお天気に恵まれました。
この日曜日は、ゆめ牧場も感謝祭ということでたくさんのお客さんが来場されました。まきば線にも大勢のお客さんが乗り場に列を成し、フラットカー2両編成の蒸機列車が、ほぼ終日、満員のお客さんを乗せて秋空のまきば線を駆け抜けていきました。
この日の運行を持って、今年の蒸機での営業運行は終了しました。今年も大きな事故もなく無事運行が終了できましたことを感謝いたします。
来年の運行計画につきましては、今のところまだ決まっておりませんが、決まり次第またお知らせする予定です。
プラチナウイークの蒸機列車運行は無事終了しました [活動報告]
9月20日~22日の蒸機列車運行は、無事終了しました。
3日間ともお天気にも恵まれ、たくさんの笑顔に出会えた蒸機列車運行でした。この時期のまきば線は、暑すぎず寒すぎず、風も心地よく、とても気持ちよくご乗車いただけたことと思います。まきば線にいらっしゃった皆さん、どうもありがとうございました。
なお、運用機関車は、20日と21日は久しぶりの3号機が6号機とペアを組み、22日は6号機と11号機マフポッターが組んで運用にあたりました。
次回の蒸機列車運行は、なんと4日後の今週末、9月26日(土)・27日(日)です。
少々間隔が短い気もしますが、わたしたちもそして機関車たちもがんばって運行しますので、ぜひたくさんの皆さんのおいでをお待ちしております。
今週末もまきば線でお会いしましょう!
4号機復活へ向けて [活動報告]
現在工事中の木橋横のウエストラインは、もともと延長用の支線として建設されました。しかし、行き先を明確に定めないまま敷設していたため、現在は途中で工事が中断され、その奥のほうはストックヤードとしてレストア待ちの車両置き場となっています。
そのウエストラインも、5月下旬から始まった木橋の工事では、軌匡置き場として途中から不通となってしまいましたが、不通になるその直前、車両置き場から引っ張り出された車両がありました。
5号機に牽かれ機関庫への勾配を上って行ったのは、羅須地人鉄道協会最初の内燃機関車として3号機に続くナンバーを与えられた4号機(の台枠)だったのでした。
この4号機は5号機と同じくもともとゆめ牧場の近くを流れる利根川の堤防工事に活躍していた加藤製作所製の3トンディーゼル機関車で、昭和48年に当会の所有となりました。糸魚川時代に大活躍したのち、糸魚川撤退後の昭和60年にレストアに着手しました。しかしその後諸々の事情のためレストア作業は中断され、台枠と主要な部品たちはシートを掛けられウエストライン奥のストックヤードで永い眠りについていました。
このたび、その4号機復活に向けて作業が開始されることになりました。昭和60年からのレストアの際に、主要なパーツの整備は行われていますが、今回の作業はその状況を確認しながらの作業になると思われます。
今回機関庫に運び込まれた台枠なども塗装は行われているものの、すでに20年以上を経ており、再塗装されることになりました。
やるべきことはたくさんありますが、まずは少しづつ作業が進められていきます。
そのウエストラインも、5月下旬から始まった木橋の工事では、軌匡置き場として途中から不通となってしまいましたが、不通になるその直前、車両置き場から引っ張り出された車両がありました。
5号機に牽かれ機関庫への勾配を上って行ったのは、羅須地人鉄道協会最初の内燃機関車として3号機に続くナンバーを与えられた4号機(の台枠)だったのでした。
この4号機は5号機と同じくもともとゆめ牧場の近くを流れる利根川の堤防工事に活躍していた加藤製作所製の3トンディーゼル機関車で、昭和48年に当会の所有となりました。糸魚川時代に大活躍したのち、糸魚川撤退後の昭和60年にレストアに着手しました。しかしその後諸々の事情のためレストア作業は中断され、台枠と主要な部品たちはシートを掛けられウエストライン奥のストックヤードで永い眠りについていました。
このたび、その4号機復活に向けて作業が開始されることになりました。昭和60年からのレストアの際に、主要なパーツの整備は行われていますが、今回の作業はその状況を確認しながらの作業になると思われます。
今回機関庫に運び込まれた台枠なども塗装は行われているものの、すでに20年以上を経ており、再塗装されることになりました。
やるべきことはたくさんありますが、まずは少しづつ作業が進められていきます。
木橋改良工事に着手! その2 [活動報告]
木橋改良工事に着手! その1のつづきです。
新品枕木に15kg/mレールが固定され、ウエストライン上での軌匡の作成は着々と進みます。今回改良工事が行われる木橋の延長は約20m、それに橋の前後5mも加え、延長30mが重軌条化されることになり、10mの軌匡3本が用意されることになりました。
場所がありませんので、2本目の軌匡は1本目の軌匡の上で作成されます。ウエストラインの軌道上に1本目の軌匡が載り、その上にまたまた軌匡が載ります。
枕木が並んだら、今度はレールです。15kg/mレールが10mということで、レール1本150kgもあります。現場監督の「人足集まれ~!」の声に羅須地人たちがレールに取り付きます。5人で持てば一人30kg、計算上では。しかし、それ以上の重量がかかるときもあります。足場もよくない現場ですので慎重に作業が行われます。
結局、この日(5/31)の活動日は、軌匡2本、20m分を作成してこの作業を終えたのでした。
新品枕木に15kg/mレールが固定され、ウエストライン上での軌匡の作成は着々と進みます。今回改良工事が行われる木橋の延長は約20m、それに橋の前後5mも加え、延長30mが重軌条化されることになり、10mの軌匡3本が用意されることになりました。
場所がありませんので、2本目の軌匡は1本目の軌匡の上で作成されます。ウエストラインの軌道上に1本目の軌匡が載り、その上にまたまた軌匡が載ります。
枕木が並んだら、今度はレールです。15kg/mレールが10mということで、レール1本150kgもあります。現場監督の「人足集まれ~!」の声に羅須地人たちがレールに取り付きます。5人で持てば一人30kg、計算上では。しかし、それ以上の重量がかかるときもあります。足場もよくない現場ですので慎重に作業が行われます。
結局、この日(5/31)の活動日は、軌匡2本、20m分を作成してこの作業を終えたのでした。
木橋改良工事に着手! その1 [活動報告]
まきば線随一のビューポイントとして名高い西側の木橋ですが、実はまきば線随一のウイークポイントでもあります。
この木橋は、もともと谷でもなんでもない場所だったところに、羅須地人たちの「橋が欲しいっ!」という欲望の下、まきば線の敷設時に半ば無理やり築堤を築き高さを稼いで架設した木橋です。そしてこの木橋の完成と同時にまきば線本線が全通したという思い出深い木橋なのです。
しかし、完成以来すでに十数年が経ち、徐々に老朽化が進んできています。そして何より、“保線大臣”こと、豊N氏が「根本的に何とかしたいっ!」とフラストレーションを溜めつつあったのでした。
保線大臣のフラストレーションの根本原因は、“橋梁上のレールの歪みが大きくなっている”ことでした。橋梁上の枕木は架橋当時から中古枕木を使用しており、もとから微妙なサイズ違いや歪みなどがありました。そしてその後の経年変化でその歪みは少しづつ拡大してきていました。橋げたと枕木の間に調整用のゴム板などを挿入するなどして微調整を続けていましたが、それも限界があります。
そこで、この夏、木橋の軌道を根本的に改良することになりました。主な改良点は、枕木を新品に交換して、レールを重軌条化(12kg/m→15kg/m)&ロングレール化(5m→10m)することにより、橋梁上の軌道を強化することです。
そして5月中旬、まきば線に防腐剤のにおいも芳しい新品枕木が到着しました。そして5月最後の週末、蒸機列車運行の傍ら、木橋改良作業が始まりまったのでした。
作業開始にあたり、さまざまな工法が検討されました。まきば線を長期間運休できるのであれば、まず橋梁上の現状の線路を撤去し、そのうえで新たに橋梁上に枕木を並べレールを固定していくのが順当な方法かもしれません。しかし、この方法だと基本的に週末しか作業ができない羅須地人の場合、完成までの数週間の間、まきば線が運休になってしまいます。ウエストラインを利用して迂回線を建設する案も浮上しましたが、作業が大掛かりになりすぎることもあり断念されました。
結局、作業期間や作業人工なども考慮し、木橋横のウエストライン上で軌匡を組み立て準備を進めておき、1回の週末で軌匡ごと一気に橋梁上の軌道を交換することになったのでした。この方法であればまきば線の運休も最小限にできます。
新品枕木がウエストライン上に運び込まれ、軌匡組み立ての準備にかかります。すでに長さ10mの15kg/mレールも運び込まれ、橋梁用重軌条の軌匡作成が始まりました。
この木橋は、もともと谷でもなんでもない場所だったところに、羅須地人たちの「橋が欲しいっ!」という欲望の下、まきば線の敷設時に半ば無理やり築堤を築き高さを稼いで架設した木橋です。そしてこの木橋の完成と同時にまきば線本線が全通したという思い出深い木橋なのです。
しかし、完成以来すでに十数年が経ち、徐々に老朽化が進んできています。そして何より、“保線大臣”こと、豊N氏が「根本的に何とかしたいっ!」とフラストレーションを溜めつつあったのでした。
保線大臣のフラストレーションの根本原因は、“橋梁上のレールの歪みが大きくなっている”ことでした。橋梁上の枕木は架橋当時から中古枕木を使用しており、もとから微妙なサイズ違いや歪みなどがありました。そしてその後の経年変化でその歪みは少しづつ拡大してきていました。橋げたと枕木の間に調整用のゴム板などを挿入するなどして微調整を続けていましたが、それも限界があります。
そこで、この夏、木橋の軌道を根本的に改良することになりました。主な改良点は、枕木を新品に交換して、レールを重軌条化(12kg/m→15kg/m)&ロングレール化(5m→10m)することにより、橋梁上の軌道を強化することです。
そして5月中旬、まきば線に防腐剤のにおいも芳しい新品枕木が到着しました。そして5月最後の週末、蒸機列車運行の傍ら、木橋改良作業が始まりまったのでした。
作業開始にあたり、さまざまな工法が検討されました。まきば線を長期間運休できるのであれば、まず橋梁上の現状の線路を撤去し、そのうえで新たに橋梁上に枕木を並べレールを固定していくのが順当な方法かもしれません。しかし、この方法だと基本的に週末しか作業ができない羅須地人の場合、完成までの数週間の間、まきば線が運休になってしまいます。ウエストラインを利用して迂回線を建設する案も浮上しましたが、作業が大掛かりになりすぎることもあり断念されました。
結局、作業期間や作業人工なども考慮し、木橋横のウエストライン上で軌匡を組み立て準備を進めておき、1回の週末で軌匡ごと一気に橋梁上の軌道を交換することになったのでした。この方法であればまきば線の運休も最小限にできます。
新品枕木がウエストライン上に運び込まれ、軌匡組み立ての準備にかかります。すでに長さ10mの15kg/mレールも運び込まれ、橋梁用重軌条の軌匡作成が始まりました。
機関庫西側に扉が! その3 [活動報告]
機関庫西側に扉が! その2のつづきです。
雨がそぼ降る中、いよいよ取り付けが始まります。まずは梁から吊り下げられた金具に扉を固定します。結構な重さの扉を両側から人海戦術で押さえて位置あわせを行います。
無事に釣り金具に固定できたところで、つづいて柱に蝶番で固定します。上下の微妙なクリアランスを調整して、ここぞというところですかさず溶接! なんだかとっても現物あわせっぽいけど、実はちゃんと設計どおりに進んでいる……ハズです。
仮止めして様子を見たうえで、すべての蝶番をしっかり溶接していきます。これを右側の扉でも同じように取り付けていきます。
最期の蝶番の溶接が終わっていよいよ完成です。さっそく取り付けた扉を閉じてみることになりました。みんなで恐る恐るそ~っと閉めていきます。
間口に羅須地人たちが横一列に並び、じわじわと扉を広げ始めます。
いつもの羅須のことですから、きっとどこかでトラブるに違いない、などと全員(T氏を含む)が思っている中、少しづつ扉が広がり始めます。
しかし意外(!)にも扉は軽やかに広がっていきます。
そして案外あっさりと、そして意外にもぴったりと左右の扉が合わさり、機関庫西側の扉が完成したのでした。
微調整もなしにスムーズに開閉できるという、予想を裏切る良好な出来上がりに羅須地人たちは驚きを隠せません。でも一番驚いていたのは設計者のT氏だったのかもしれません。
なんだかみんなニコニコしながら開けたり閉めたりを繰り返していたのでした。
この後、次回の活動日に窓枠・窓ガラスやかんぬきなどを取り付けて、機関庫西側の扉は完成となったのでした。
さぁ、次は機関庫東側の扉だっ!
雨がそぼ降る中、いよいよ取り付けが始まります。まずは梁から吊り下げられた金具に扉を固定します。結構な重さの扉を両側から人海戦術で押さえて位置あわせを行います。
無事に釣り金具に固定できたところで、つづいて柱に蝶番で固定します。上下の微妙なクリアランスを調整して、ここぞというところですかさず溶接! なんだかとっても現物あわせっぽいけど、実はちゃんと設計どおりに進んでいる……ハズです。
仮止めして様子を見たうえで、すべての蝶番をしっかり溶接していきます。これを右側の扉でも同じように取り付けていきます。
最期の蝶番の溶接が終わっていよいよ完成です。さっそく取り付けた扉を閉じてみることになりました。みんなで恐る恐るそ~っと閉めていきます。
間口に羅須地人たちが横一列に並び、じわじわと扉を広げ始めます。
いつもの羅須のことですから、きっとどこかでトラブるに違いない、などと全員(T氏を含む)が思っている中、少しづつ扉が広がり始めます。
しかし意外(!)にも扉は軽やかに広がっていきます。
そして案外あっさりと、そして意外にもぴったりと左右の扉が合わさり、機関庫西側の扉が完成したのでした。
微調整もなしにスムーズに開閉できるという、予想を裏切る良好な出来上がりに羅須地人たちは驚きを隠せません。でも一番驚いていたのは設計者のT氏だったのかもしれません。
なんだかみんなニコニコしながら開けたり閉めたりを繰り返していたのでした。
この後、次回の活動日に窓枠・窓ガラスやかんぬきなどを取り付けて、機関庫西側の扉は完成となったのでした。
さぁ、次は機関庫東側の扉だっ!
機関庫西側に扉が! その2 [活動報告]
機関庫西側に扉が! その1のつづきです。
そして蒸機列車運行最終日の5月5日、いよいよ機関庫への扉の取り付けが始まります。
扉の取り付けに先立ち、まずは梁に吊り下げ金具を取り付けます。この取付金具が梁のH鋼をレール代わりに水平方向に動き、扉の荷重を支える構造です。T氏が設計・製作した吊り下げ金具がなかなかビミョーなサイズだったこともあり、取り付けに少々手間取りましたが、それでも予定通り取り付け完了。
いよいよ間口部分に扉を運び込みます。
4枚の扉は2枚づつに組み合わされ、補強金具と蝶番が取り付けられていますので、結構な重さになっています。午後から降り始めた小雨で足元が滑りやすくなっている中、慎重に取り付け場所に扉が運ばれます。
次回へつづく
そして蒸機列車運行最終日の5月5日、いよいよ機関庫への扉の取り付けが始まります。
扉の取り付けに先立ち、まずは梁に吊り下げ金具を取り付けます。この取付金具が梁のH鋼をレール代わりに水平方向に動き、扉の荷重を支える構造です。T氏が設計・製作した吊り下げ金具がなかなかビミョーなサイズだったこともあり、取り付けに少々手間取りましたが、それでも予定通り取り付け完了。
いよいよ間口部分に扉を運び込みます。
4枚の扉は2枚づつに組み合わされ、補強金具と蝶番が取り付けられていますので、結構な重さになっています。午後から降り始めた小雨で足元が滑りやすくなっている中、慎重に取り付け場所に扉が運ばれます。
次回へつづく
機関庫西側に扉が! その1 [活動報告]
代表幹事T氏がなにやら大きな木枠を作り始めたのは、まきば線がすっかり春めいてきた4月の始め頃でした。
そのまま約1ヶ月掛けてこつこつと作り続けた“木枠”は、つづいて板が張られ、4月も終わる頃には4枚の大きな“扉”が姿を現しました。
この大きな“扉”、実はまきば線の機関庫用の扉として製作されているものだったのでした。
これまでまきば線の機関庫には扉がなく、東西の間口方向には素通しでした。それでも少々の雨程度でしたら充分機関車たちを雨から守ってくれていました。しかし風雨が強くなってくると、どうしても開放されている間口方向から雨が吹き込んできてしまいます。そこで、扉の設置が待ち望まれていました。
が、雨風を塞げるなら何でもいい、ってわけじゃありません。鉄製、木製さまざまな扉が検討されましたが、結局、加工のしやすさや、耐久性、見た目の点から木製の扉を設置することになり、製作が始まったのでした。
5月に入り、扉には防腐用のオイルが塗布されます。塗った人の技量により、多少、斑になった部分もありましたが、なんとか4枚の扉すべてに防腐処理が完了、四隅に補強金具を取り付けていきます。
次回へ続く
そのまま約1ヶ月掛けてこつこつと作り続けた“木枠”は、つづいて板が張られ、4月も終わる頃には4枚の大きな“扉”が姿を現しました。
この大きな“扉”、実はまきば線の機関庫用の扉として製作されているものだったのでした。
これまでまきば線の機関庫には扉がなく、東西の間口方向には素通しでした。それでも少々の雨程度でしたら充分機関車たちを雨から守ってくれていました。しかし風雨が強くなってくると、どうしても開放されている間口方向から雨が吹き込んできてしまいます。そこで、扉の設置が待ち望まれていました。
が、雨風を塞げるなら何でもいい、ってわけじゃありません。鉄製、木製さまざまな扉が検討されましたが、結局、加工のしやすさや、耐久性、見た目の点から木製の扉を設置することになり、製作が始まったのでした。
5月に入り、扉には防腐用のオイルが塗布されます。塗った人の技量により、多少、斑になった部分もありましたが、なんとか4枚の扉すべてに防腐処理が完了、四隅に補強金具を取り付けていきます。
次回へ続く
5月末の蒸機列車運行は無事終了しました [活動報告]
ブログの更新間隔が開いているその間に、5月末の蒸機列車運行は無事終了してしまいました。
5月下旬の初夏の日差しを期待したのですが、30日・31日とも時折雨が降るという少々残念なお天気になってしまいました。しかし、蒸機列車はおかげさまで相変わらずの盛況となり、無事今年前半の運行予定を無事終了しました。
次回運行予定は9月頃を予定しています。決定し次第またこちらでご案内しますので、ぜひまたまきば線に石炭の香りを嗅ぎにおいでください。
5月下旬の初夏の日差しを期待したのですが、30日・31日とも時折雨が降るという少々残念なお天気になってしまいました。しかし、蒸機列車はおかげさまで相変わらずの盛況となり、無事今年前半の運行予定を無事終了しました。
次回運行予定は9月頃を予定しています。決定し次第またこちらでご案内しますので、ぜひまたまきば線に石炭の香りを嗅ぎにおいでください。











































